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千葉地方裁判所 平成9年(行ウ)15号 判決 2000年8月31日

主文

一  鋸南町に対し、被告Aは金一二二万九九〇〇円、被告Bは金六一万四九五〇円、被告Cは金六一万四九五〇円を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一八分し、その一を原告の、その一七を被告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

鋸南町に対し、被告Aは一三〇万二一七〇円、被告Bは六五万一〇八五円、被告Cは六五万一〇八五円を支払え。

第二事案の概要

本件は、町職員の時間外勤務が宗教法人の警備を目的とするものであったとして、また、納税貯蓄組合に対する補助金の交付が納税貯蓄組合法一〇条一項に違反するとして、町の住民である原告が、町長(死亡後、その承継人)に対し、地方自治法二四二条の二第一項四号前段の請求をした事案である。

一  当事者間に争いのない事実

1  鋸南町は、同町土木課、同企画調整室の九名の鋸南町職員に、平成八年七月六日、七日、一三日、一四日、二〇日、二一日、二七日、二八日(いずれも土曜日と日曜日)の午後五時から九時までの時間外勤務を命じ(以下「本件時間外勤務命令」という)、「一般職の職員の給与等に関する条例」一八条により、時間外手当として合計一四万四五四〇円(以下「本件時間外手当」という)を、同年八月二一日に、右九名の職員に支払った。

2(一)  鋸南町町長亡Dは、平成九年三月の鋸南町議会に、鋸南町納税貯蓄組合補助金交付要綱二条の町民税、固定資産税、軽自動車税の納付に対する組合運営補助金を当初予算の三二五万一〇〇〇円から二四六万七〇〇〇円を削減する内容の補正予算案を提出した。

(二)  鋸南町議会は、同年三月一八日の議会で、右減額を当初予算に戻す修正動議を可決した。

(三)  鋸南町は、平成九年三月二七日から同年四月四日までの間に、町に存在する納税貯蓄組合と称する団体に対し、鋸南町納税貯蓄組合補助金交付要綱(以下「本件要綱」という)に基づき、固定資産税、町県民税、軽自動車税の取扱について、総額二四五万九八〇〇円の補助金(以下「本件補助金」という)を交付した。

3  鋸南町議会は、平成一〇年四月八日、本件補助金に関し、鋸南町が亡Dに対して有しているとも考えられる損害賠償請求権について、地方自治法九六条一項一〇号に基づいて放棄する旨の、亡Dが提出した議案を可決した(以下、右議決を「本件権利放棄の議決」という)。

4  原告は、鋸南町の住民であるが、平成九年一月一六日、鋸南町監査委員に本件時間外手当について監査請求をし、同年三月三日付の右請求を棄却する旨の監査結果を同年三月四日受け取った。

5  原告は、平成九年三月一八日、鋸南町監査委員に本件補助金ついて、監査請求をしたが、六〇日経過しても監査が行われなかった。

6  亡Dは、平成一一年七月八日死亡し、妻である被告Aが二分の一、子である被告B、被告Cが各四分の一の割合でその権利義務を承継した。

二  争点

1  本件時間外手当の支出について

(一) 原告の主張

鋸南町は、平成三年一〇月一四日、宗教法人日本寺(以下「日本寺」という)との間で、町道一―一〇七号線(通称「鋸山観光道路」、以下「本件町道」という)上の門扉の設置に関する協定を締結し(改正前の地方自治法二条一五項及び同法一三八条の二違反)、右協定に基づき、日本寺は、道路法による占用許可を受けることなく門扉を設置し、通行規制を行ってきたが、平成八年六月の鋸南町議会の一般質問で、右通行規制は道路法、道路交通法に根拠がなく違法であるとの指摘を受けたため、亡Dは、門扉を撤去させることとしたが、同月一二日付で、日本寺と「門扉撤去期間中は、日本寺に対し迷惑をかけないよう鋸南町の責任で夜間の警備をする」ことを約束した。

本件時間外勤務命令は、日本寺の夜間警備を目的とするもので、交通量の調査のためのものではない。通行量調査であるなら、通行を規制する午後六時から翌朝午前八時までの通行量を調査しなければ意味はない。また、土曜日、日曜日だけの午後五時から午後九時までの調査では、通行規制が必要であるか否かの判断はできない。更に、門扉と同時に設置された監視カメラによる調査も可能であった。

しかるに、亡Dは、日本寺と右違法な協定を締結したため、門扉の撤去による夜間警備をせざるをえなくなり、日本寺の夜間警備を目的として、公務に関しないことに対し時間外勤務を命じたもので、本件時間外勤務命令は違法である。そして、亡Dは、この違法行為を前提とする時間外勤務手当の支給も違法であるのに、時間外勤務手当の支給を専決処分として行った総務課長に対する指揮監督を故意に怠ったのであるから、これにより鋸南町が被った一四万四五四〇円の損害を賠償する責任がある。

(二) 被告らの主張

(1) 鋸南町は、本件町道の通行規制をするにつき、千葉県公安委員会等に申し入れをする立場にあり、車両の通行規制を合法的に行うために、交通量の正確な把握が必要であると判断し、交通量の調査のために、本件時間外勤務命令を発したのである。したがって、公務として発令されているのであるから、本件時間外勤務命令は適法である。右交通量の調査結果については、平成八年八月一七日の鋸南町議会全員協議会で、土木課長から報告されている。右時間外勤務が、日本寺の夜間警備を主目的としたものでないことは、時間外勤務が土曜日と日曜日の午後五時から午後九時までの四時間しか行われていないことからも明らかである。

のみならず、住民訴訟の対象となるのは、財務会計上の行為に限られるから、原告の請求は失当である。

(2) なお、亡Dは、本件時間外勤務命令、支出命令の発出には直接関与していないから、あらゆる意味において、故意、過失はない。

2  納税貯蓄組合に対する補助金交付

(一) 原告の主張

(1) 納税貯蓄組合法(以下「組合法」という)一〇条一項は、「国又は地方公共団体は、納税貯蓄組合に対し、組合の事務に必要な使用人の給料、帳簿書類の購入費、事務所の使用料その他欠くことができない事務費を補うため、予算の範囲内において、補助金を交付することができる。但し、国及び地方公共団体が交付する補助金の合計額は、組合が使用した当該費用の金額をこえてはならない。」と規定している。

しかるに、亡Dは、右条項に違反することを承知し、また、平成九年三月に開催された鋸南町議会で違法な公金の支出の是正ができたのにこれをせず、欠くことのできない経費を超える納付額の二パーセントを納税貯蓄組合へ補助金名目で違法に交付した。

右金員の交付が地方自治法二三二条の二の補助金であるとしても、右補助金は、個々の組合員が納付する町内会費として使われており、実質的に、個々の納税者へ納税額の一定割合を返還交付したことになることや、右補助金の交付が、組合法の補助金交付の規定や地方税法の納期前納入の奨励金の規定と関わりなく、鋸南町が定める本件要綱、すなわち、独自の基準により行われていることからも、違法であることは明かである。

なお、地方自治法二三二条の二の補助金は違法行為に支出できないことから、その他の公金取扱の報酬であるとしても(このことは、鋸南町一般会計の歳出の第二款総務費第二項徴税費第二目賦課徴収費第一二節役務費のうちの納税貯蓄組合集金保険料が納税準備金の盗難保険の保険料であり、納税準備金を鋸南町の公金として扱っていることからも明らかである)、亡Dは同地方自治法二四三条(私人の公金取扱の禁止)に違反している。

(2) 組合法一二条は、名称使用の規制を規定しており、鋸南町の納税貯蓄組合は、組合法の適用を受ける。また、鋸南町納税貯蓄組合連合会は、その規約で、「組合法の趣旨に鑑み」と組合法による団体であることを明らかにしており、右規約四条は、「本会の事務所は鋸南町役場内に置く。」とあることから、鋸南町では、規約の届出がなくとも、同法施行令四条二項の規定により、規約の謄本を届出させることは容易にでき、規約の謄本の届出がない納税貯蓄組合も組合法に基づく団体とみなすことができる。平成七年六月鋸南町議会の一般質問に対する答弁で、町当局は、本件補助金は組合法一〇条一項の規定する補助金であることを認めている。

(3) 鋸南町には、地縁による団体として、合計で二六の区があり、その下に部落会(いわゆる町内会、以下「部落」という)が合計五八ある。更に、その下に班又は組(いわゆる隣組、以下「班」という)が四二七ある。原告が主張している納税貯蓄組合は、このうちの班である。平成八年度鋸南町一般会計決算に関する説明書によれば、四二七のうちの一五〇の班に対し、納税貯蓄組合として補助金が交付されているが、四二七班のうちの一五〇の班という地縁による団体に対してしか補助金が交付されないのは、行政の公平・公正の原則に違反するものである。地方自治法二六〇条の二第一項の地縁による団体は、認可の有無に関係なく行政の組織の一部としてはならず(同条六項)、同法二四三条で、私人の公金取扱を禁止していることからも、納税貯蓄組合名で、補助金を交付されるのは、組合法に基づく団体しかない。

(4) 被告らは、組合法が適用されるとしても、一世帯当たり四八〇円が相当であると主張するが、事務費としては、ノート一冊とボールペン一本で十分であり、数年分使用できることからも、平成八年度の納税貯蓄組合への補助金は不要である。

(二) 被告らの主張

(1) 鋸南町には、いわゆる町内会として二六の区が存在しており、各区ごとに区長が選ばれる。区長は、「鋸南町行政委員に関する条例」に基づき、町長から行政委員を委嘱されており、町広報誌の配布等、町行政の一端を担っている。区の下部組織として部落があり、そのさらに下部組織として班(組)があり、税金、社会保険料の徴収のみならず、消防後援会費、ゴミ収集費等の徴収をも行っている。

鋸南町が本件要綱を制定した趣旨は、部落に対する補助金の額が、町長により恣意的に決定されることを防ぐためであり、公平の観点から、鋸南町に対する部落の貢献度を客観的に数字化する必要性があり、部落が鋸南町に納付した税金、社会保険料を各部落の鋸南町に対する貢献度を示す基礎数字としたのであり、右税金、社会保険料の取扱金額の二パーセントを部落に対する補助金とすることにしたのである。

このように、本件補助金は、組合法が規定する納税貯蓄組合に交付されたものではなく、地方自治の原点ともいえる部落に交付されたものであり、そもそも、組合法一〇条一項の規定は適用されない。

このことは、四九部落が、組合法二条一項に規定する税務署等へ届出をしていないこと、社会保険料、消防後援会費、ゴミ収集費等の徴収をも行っていることからも明らかである。

(2) 亡Dは、鋸南町の町長として、地方自治法二三二条の二により公益上必要があると判断して四九部落に対し本件補助金を交付しているものであり、違法な支出でない。

ちなみに、地方自治法二三二条の二が規定する「公益上必要がある場合」に該当するか否かは、客観的に判断されるべきことであることは勿論であるが、具体的には地方公共団体の長及び議会がこれを議決しているのであり、そのことからも本件補助金については、「公益上必要がある場合」に該当することは明らかであるし、亡Dとしては、議会の意見を尊重して本件補助金を支出しているのであるから、故意、過失はない。

(3) なお、原告は、地方自治法二四三条(私人の公金取扱の禁止)を根拠として、本件補助金の交付を受けた団体が組合法上の納税貯蓄組合である旨の主張をしているが、そもそも部落から納税金相当額が鋸南町の指定金融機関に納入された段階で鋸南町に入金されることになっているのであり、部落による税金相当額の受領は決して公金取扱に該当するものではないし、部落は地方自治法二六〇条の二第一項が規定する「認可」を受けていないのであるから、被告らとしては、部落を「地縁による団体」と主張するつもりはない。

(4) 万一、本件補助金について組合法が適用されるとしても、組合法一〇条一項は、いわゆる「事務費」の補助はこれを行いうる旨定めており、「事務費」に該当する部分は何ら違法支出となるわけではない。

鋸南町は、標準的な部落について、その「事務費」を計算し、「事務費」としては、一世帯当たり四八〇円が相当であるとの結論を得ているのであり、右「事務費」に該当する合計六三万三一二〇円(組合員数一三一九世帯)については、原告の主張どおり、組合法が適用されるとしても、違法支出たりえないことは明らかである。

ちなみに、鋸南町は、平成九年三月議会において、納税貯蓄組合補助金を、当初予算の三二五万一〇〇〇円から「事務費」に該当する七八万四〇〇〇円(組合員数を一六三三世帯として算出)を除いた二四六万七〇〇〇円を減額することを提案したのである。

3  権利放棄について

(一) 原告の主張

(1) 憲法前文は、「国政の権力は国民の代表者がこれを行使する。」旨、憲法四三条一項は、「両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。」と規定しているから、国会は国民の代表機関であるが、地方公共団体の議会が住民の代表機関であるとは地方自治法に規定されていない。また、改正前地方自治法二条一五項は、「地方公共団体は、法令に違反してその事務を処理してはならない。」と規定していることから、地方公共団体は超法規的措置はできない。本件権利放棄の議決は、超法規的措置であるから、同条一六項により無効である。

(2) 地方自治法二四二条の二に定める住民訴訟は、特別法によって認められた参政権の一種であるところ、この訴訟の原告は、地方公共団体そのものの利益のためではなく、専ら原告を含む住民全体の利益のために、地方財政行政の適正化を図るための制度であり、損害填補に関する住民訴訟は、地方公共団体の有する損害賠償請求権を住民が代位行使する形式によるものと定められているが、この場合でも実質的にみれば、住民は権利義務の帰属主体たる地方公共団体と同じ立場においてではなく、住民としての固有の立場において、財務会計上の違法行為等にかかわる職員等に対し、損害の填補を要求することが訴訟の中心目的であって、この目的を実現するための手段として、訴訟技術的配慮から代位形式によることとしたのである。このような、住民訴訟の特質からすると、住民訴訟の原告は、形式上、地方公共団体に代位してその権利を主張しているが、本件における地方公共団体とは、鋸南町ではなく、鋸南町住民の全体である。したがって、鋸南町の住民の全てが、亡Dに対し、権利を放棄するならばいざしらず、そうでなければ、どのような機関も権利の放棄をする権限はない。ましてや、鋸南町議会が、通常の、かつ日常業務における権利の放棄に関し定めた地方自治法九六条一項一〇号の規定により、権利の放棄を議決することは、住民訴訟を没却するもので、権利の逸脱・濫用により違法であることを免れない。

(3) 鋸南町の住民は、町議会の選挙において、立候補者のうち一名しか記名して投票できない。町議会議員は、議会での議決に対し、何ら責任を負わない。町議会で権利の放棄を議決したとしても、裁量権を認められている町長が、裁量権を逸脱・濫用し、鋸南町が損害を被った事実は解消されないから、右議決が住民の意思とは断言できない。

(4) また、地方公共団体の長は、当該地方公共団体の条例、予算、その他の議会の議決に基づく事務その他公共団体の事務を自らの判断と責任において誠実に管理し及び執行する義務を負い(同法一三八条の二)、予算について、その調整権、議案提出権、付再議権、原案執行権及び執行状況調査権等広範な権限を有するものであって(同法一七六条、一七七条、二一一条、二一八条、二二一条)、その職責に鑑みると、普通地方公共団体の長の行為による損害賠償責任については他の職員と異なる取扱をされてもやむを得ないものである。長以外の職員の損害賠償責任の免除については、法二四三条の二第四項で、「当該職員からなされた当該損害が避けることのできない事故その他やむを得ない事情によるものであることの証明を相当と認めるとき」と規定していることからも、長に対する賠償責任は、その職責の重さから長以外の職員の賠償責任免除よりも重いものである。

(5) 地方公共団体の事務の執行責任は、原則として、長が集約し、長は、地方公共団体を代表する最高の執行機関として地方公共団体の事務を統轄し、行政各部を指揮するものであるが(同法一四七条、一四八条)、これは、地方行政の管理及び執行の権限を長のもとに統一して行政の総合性を確保し、住民に対する行政責任を明確にしたものである。長が、不法行為により当該地方公共団体に損害を与えた場合は、賠償義務があり、免責することはできない。ことに、鋸南町町長であった亡Dの不法行為は、議会の議決が違法であるにもかかわらず再議に付すことなく漫然と本件補助金を交付したというものでありこのような場合に、亡Dが、自己に対する鋸南町が有する損害賠償請求権の権利の放棄の議案を提出することを、法九六条一項一〇号は予想していないというべきである。

(6) 地方公共団の長が違法な公金を支出し、当該地方公共団体に対して損害賠償の義務がある場合において、当該地方公共団体の議会が、右損害賠償請求権を放棄する旨の議決をすることは、「長が、右損害賠償をしたのと同時に同額の給料を受けたこと」と同じ効果がある。この同額の給料は月額の給料以外の臨時のその他の給料である。長に対する給料については地方自治法二〇四条に規定があり、同条三項では「給料、手当及び旅費の額並びにその支給方法は、条例で定めなければならない。」とし、同法二〇四条の二では、「普通地方公共団体は、いかなる給与その他の給付も法律又はこれに基く条例に基かずには、これを第二〇三条第一項の職員及び前条第一項の職員に支給することができない。」と規定しており、右権利の放棄は、その効果から同法二〇四条三項と二〇四条の二に違反する。

(二) 被告らの主張

(1) 本件補助金に関しては、地方自治法九六条一項一〇号による損害賠償請求権を放棄する旨の議決があり、住民訴訟は鋸南町が亡Dに対して有している損害賠償請求を代位して行うのであるから、原告の請求は理由がない。地方自治法九六条は、そもそも地方公共団体の意思は、首長その他の執行機関が自己の権限内においてこれを決定するのを原則とするところ、同条一項各号に掲げられた事項については、その重要性に鑑み、首長その他の執行機関の意思のみならず、住民の代表たる議会の意思をもって当該地方公共団体の意思とすることにしたのである。したがって、鋸南町議会の議決を経た権利放棄を自己の利益のために裁量権を濫用したと評価することはできない。

(2) ちなみに、地方自治法二四三条の二の規定が地方公共団体の長に適用されないことは、最高裁昭和六一年二月二七日判決(民集四〇巻一号八八頁)が明言するところであるし、同法二四二条の二第一項四号に基づく住民訴訟において住民(原告)が代位行使する損害賠償請求権は、民法その他の私法上の損害賠償償請求権と異なるところがないことは、最高裁平成六年一二月二日判決(民集四八巻八号一六七六頁)が明言するところであり、権利を放棄し得るものであることは明らかである。

なお、最高裁平成五年五月二七日判決(判時一四六〇号五七頁)は、給与問題に関してであるが、違法な給与支給についても事後的に給与条例が改正された場合、適法な支出になる旨を判示しているのであり、右判決からしても、本件権利放棄の議決が有効であことは明かである。

第三当裁判所の判断

一  本件時間外手当について

1  証拠(甲一、一八、二七、二九、三〇、四四ないし四六、五四、六二ないし六四、乙六、七、証人E)によると、次の事実を認めることができる。

(一) 亡Dは、日本寺を鋸南町の観光事業の拠点と位置づけ、昭和六三年ころ、本件町道の建設のため、日本寺に対し、道路用地を無償で提供すること、本件町道は鋸南町で管理すること等を内容とする要望をした。亡Dと日本寺代表役員との間で、平成三年一〇月一四日、本件町道建設に当たり、鋸南町は、日本寺が境内管理及び不慮の事故防止のため、本件町道入口に門扉を設置し、道路の使用時間を定めることを同意すること等を内容とする協定を書面で締結した。

(二) β一八六番地先を起点とし、同字三谷一八四番地一先を終点とする延長七七五メートルの本件町道は、平成八年三月二九日から供用が開始されたが、日本寺は、道路の占用許可を得ることなく、同年三月二〇日ごろ、道路入口に門扉を設置した。右門扉には、開門八時、閉門一七時との掲示があり、門柱にはテレビカメラと日本寺につながるインターホンが設置されていた。館山警察署の警察官は、同年五月七日、鋸南町に対し、本件町道の規制をするには、県公安委員会の規制が必要である旨の指導をした。同年六月一一日開催された鋸南町議会で、議員からの門扉の設置は違法でないかとの質問に対し、亡Dは、重要文化財があることから、門扉を造るようにしたが、手続的に不備であったので撤去したいと答弁した。亡Dは、翌一二日、日本寺の代表役員に対し、門扉の設置については同意したが、県当局からの強い指摘を受け一時的に撤去しなければならない状況となった、撤去期間は一か月以内とする、撤去期間中は、日本寺に迷惑をかけないよう、鋸南町の責任において夜間の警備をする、撤去期間経過後は、速やかに元の場所に門扉を設置することを書面で確約した。同月中旬、鋸南町E土木課長は、公安委員会の事務局がある県警交通規制課を訪問し、本件町道の規制につき助言を求めたところ、同規制課の見解は、鋸南町と鋸南町議会からの要請があれば規制を検討するとのことであった。日本寺は、同年七月一日、門扉を撤去した。

(三) 鋸南町E土木課長は、亡Dの了解を得て、本件町道の利用状況を把握し、また、議会に対する説明のためのデータを作成し、暴走行為等の危険行為の有無を確認するため、土木課、同企画調整室の九名の鋸南町職員に、同年七月六日、七日一三日、一四日、二〇日、二一日、二七日、二八日(いずれも土曜日と日曜日)の午後五時から九時までの時間外勤務を命じ、同職員らは、本件町道の終点にある駐車場において、道路を利用する自動車の台数、種類、危険行為の有無等につき調査を行った。右調査に従事した者は、同年七月六日と七日は各一名ずつであり、他の日は、二名ずつであった。鋸南町は、同年八月一日、右調査に基づく結果をまとめ、同月一六日の議会で、本件町道につき、県公安委員会に時間規制の要請をする必要性があることを説明した。また、本件時間外手当については、総務課長の専決処分により支給された。

2  右認定のとおり、本件時間外勤務命令は、亡Dが、平成八年六月一二日に門扉撤去後は夜間警備をすると書面で確約し、門扉撤去後に実施されていることからすると、日本寺の夜間警備を目的とするとの側面があることは否定できないが、勤務期間は、七月の土曜日と日曜日の午後五時から九時に限られていたこと、実際に、道路を利用する自動車の台数、種類、危険行為の有無等につき調査を行っていることからすると、主たる目的は、本件町道を夜間開放した場合の利用状況についての実態調査であったと認めるのが相当である。

原告は、通行量調査であるなら、午後六時から翌朝午前八時までの通行量を調査しなければ意味はなく、土曜日と日曜日の一部の時間帯の調査では、通行規制が必要であるか否かの判断はできないと主張するが、通行規制の必要性について、議会に対する説明と公安委員会に対する要請をするために、全部の時間帯の調査をする必要性があるとまでは認められず、原告の右主張を採用することはできない。また、監視カメラによる調査が、職員による調査に代替しうるものと認めることもできない。

原告の本件時間外手当にかかる請求は、亡Dが、日本寺の夜間警備を目的として本件時間外勤務命令を発し、本件時間外手当の支給した総務課長に対する指揮監督を怠ったというものであるが、右のとおり、本件時間外勤務命令の主たる目的は、本件町道を夜間開放した場合の利用状況についての実態調査であったのであるから、その余の点につき判断するまでもなく、原告の本件請求は理由がない。

二  本件補助金について

1  証拠(甲二、五、一〇、一一、一二、一五、一九、二〇、二二ないし二四、三九、四二、四三、五五、六一、六八、乙三、五)によると、次の事実を認めることができる。

(一) 鋸南町は、昭和五七年から、告示により、納税貯蓄組合を助成しその健全な発展を図るため、①組合事業費等に対し予算の範囲内において組合に補助金を交付する、②組合に交付する補助金の種類は、組合設立補助金と組合運営補助金とし、組合設立補助金の額は、組合員のうち町税等を納付する義務のある世帯一世帯について五〇円を乗じて得る額とし、その合計額が一〇〇〇円を超えるときは一〇〇〇円を限度とする、運営補助金の額は、組合員が組合に納付した町税等の金額の二パーセントとする等を内容とする本件要綱を制定した。

(二) 鋸南町に存在する納税貯蓄組合と称する団体は、連合会を組織しているが、その連合会が千葉県に届け出た規約には、①本会は鋸南町の区域内にある納税貯蓄組合を以て組織する、②本会は組合法の趣旨に鑑み税法に関する知識の普及並びに組合相互の連絡を図り併せて納税思想の向上に努めることを目的とする、③本会の事務所は鋸南町役場内に置く、④本会は、右②の目的を達成するため、関係当局との連絡強化、納税貯蓄組合の育成拡充、税法普及の説明会開催という事業を行う旨規定されている。

(三) 平成七年六月の鋸南町定例議会で、亡Dは、納税貯蓄組合の町税の取扱総額は一億六二〇〇万円で、徴収率が一〇〇パーセントであること、組合法一〇条一項の解釈として、事務費のみならず、組合活動に必要な運営費も一体として補助金として交付している旨答弁し、E税務課長は、同条の解釈としては、事務引継ぎのための会議費、慰労会費等も事務費に含まれる、補助金については、各組合は、事務引継費、懇親会費、慰安旅行会費等の経費に充当しているのが実態であると答弁した。

平成八年六月の、鋸南町定例議会で、出口助役は、納税貯蓄組合は、町税を始めとする自主財源を確保するため、町が音頭を取って昭和三四年に設立したもので、補助金交付については、納税貯蓄組合名簿兼委任状を町長宛に提出して貰っている、一五二班あるが、組合法に基づく規約、謄本の提出は受けていないので納税班という任意団体と認定していると答弁した。

(四) 鋸南町の平成八年度主要施策の成果に関する報告書によると、鋸南町においては、全世帯三五八四戸の三六・八パーセントにあたる一三一九戸(一五〇組合)が納税組合に加入していることが明記されている。

また、鋸南町は、納税貯蓄組合に対する、町県民税、固定資産税、軽自動車税にかかる納入通知書兼領収書綴を作成しているが、右書面には、組合名、班番、金融機関名、口座番号、口座名義人、組合長氏名、税金納入額合計明細、補助率(二パーセント)、支給合計のほか、組合役員に対するお願いとして、税金納入額合計明細が納税補助金支給の大事な資料となる、補助金は年度末に一括して口座振替をする旨が記載されている。

(五) 亡Dは、弁護士及び県から、組合法では事務費以外は支出できないと助言があったので、平成九年三月一八日の定例議会で、納税貯蓄組合に対する補助金を事務費程度とすることにし、補助金額を、当初予算の三二五万一〇〇〇円から二四六万七〇〇〇円を削減する補正予算を提出したが、議員から右減額補正予算案を元どおりとする修正動議が出され、右補助金につき問題であると指摘していた議員も含め全議員の一致で右動議が可決された。鋸南町は、同年三月二五日、納税組合報酬費の摘要で、債権者を本郷浜12番組合Fほか八五組合とする二六一万六三七〇円の支出負担行為及び支出決議票を起案し、同月二八日、同摘要で、債権者を大六4番組他二件とする四万七〇八〇円の支出負担行為及び支出決議票を起案した。

(六) 鋸南町においては、鋸南町財務規則により、町長は、補助金の支出負担行為及び支出命令は、一〇〇万円以下は助役に、三〇万円以下は課長に専決させている。

2  右認定の事実により検討する。

鋸南町には納税貯蓄組合と称する団体が平成八年会計年度において、約一五〇存在しており、右団体は、右1(四)で認定したとおり、納入通知書兼領収書綴に班番の記載があることや、右1(五)で認定したとおり、鋸南町が納税組合報酬費の摘要で、債権者を本郷浜12番組合Fほか八五組合、大六4番組他二件とする支出負担行為及び支出決議票を起案していることからすると部落の下部組織である班と認めるのが相当である。

なお、被告らは、納税貯蓄組合と称する団体は部落であると主張するが、右認定のとおりであり、右主張を採用することはできない。

ところで、組合法二条は、「納税貯蓄組合」とは、「個人又は法人が一定の地域、職域又は勤務先を単位として任意に組織した組合で、組合員の納税資金の貯蓄のあつ旋その他当該貯蓄に関する事務を行うことを目的とし、且つ、政令で定める手続によりその規約を税務署長及び地方公共団体の長に届け出たものをいう。」と定義しているが、右納税貯蓄組合と称する班が規約を地方公共団体の長である亡Dに届け出たと認めるに足る証拠はない。しかし、証拠(甲五八)によると、鋸南町おいては、右班を、少なくとも平成七年六月までは、組合法上の納税貯蓄組合として扱っており、本件要綱も、納税貯蓄組合を助成しその健全な発展を図ることを目的としていること、右納税貯蓄組合と称する団体は、連合会を組織しており、右連合会の規約には、①本会は鋸南町の区域内にある納税貯蓄組合を以て組織する、②組合法の趣旨に鑑み税法に関する知識の普及並びに組合相互の連絡を図り併せて納税思想の向上に努めることを目的とする、③本会の事務所は鋸南町役場内に置く等の記載があること、組合法が規約の提出を納税貯蓄組合の要件としたのは、納税貯蓄組合が法人格のない団体であり、その公証、監督のためであると考えられ、これを部落会の会則等、他の資料により適切に行使できる状態であるなら、かかる団体を納税貯蓄組合と認めても弊害はないこと、組合法一二条は、納税貯蓄組合でない団体につき、納税貯蓄組合ないし類似名称の使用を禁止していることからすると、右納税貯蓄組合と称する班は、組合法上の納税貯蓄組合と認めるのが相当であり、組合法一〇条一項の規定の適用があると認めるのが相当である。

しかして、本件要綱は、運営補助金の交付について、組合法一〇条一項が規定する、欠くことのできない納税貯蓄組合の事務費を補うことを支給の要件とせずに、一律に、納付した町民税等の金額の二パーセントとする等を内容としており、組合法に反することは明らかである。このように、地方公共団体の行政措置である本件要綱(告示)によって、組合法の意図した、納税貯蓄組合の事務に不可欠の費用に限って補助金の交付を認め、その金額は、納税貯蓄組合が現実に支出した金額を限度とするとして、納税貯蓄組合に対する補助金交付の要件を限定した趣旨を損なうことは許されず、本件要綱に基づく、本件補助金の交付も違法であると認めるのが相当である。

なお、被告らは、組合法一〇条一項の規定の適用があるとしても、事務費に該当する部分は違法な支出とならないと主張するが、補助金の交付の手続につき、組合法一〇条三項、同法施行令四条一項は実際に使用した費用の額及びその内訳を書面に記載して請求することを要するとしていることも併せ勘案すると、右のように独自の基準による支出は、一律に違法であると解するのが相当である。

また、亡Dは、弁護士及び県から組合法では事務費以外は支出できないと助言があったので、納税貯蓄組合に対する補助金を事務費程度とすることにし、補助金の額を当初予算の三二五万一〇〇〇円から二四六万七〇〇〇円を削減する補正予算を提出したが、議員から右減額補正予算案を元どおりとする修正動議が出され、右補助金につき問題であると指摘していた議員も含め全議員の一致で右動議が可決されたことは前記のとおりであるが、予算は、予算の款項に定められた金額を限度として、支出の目的によって執行機関を拘束するものであるが、具体的な支出行為自体は、執行機関である亡Dがなすものであり、右支出の可否自体は、議会の議決に拘束されるものではなく、弁護士及び県からも、組合法では事務費以外は支出できないと助言があったのにもかかわらず、本件補助金の支出行為をした亡Dには、過失があるものと認めるのが相当である。なお、本件補助金のうち、大六4番組他二件の支出行為など、専決により、課長ないし助役が支出行為を行ったものもあると認めることができるが、この場合にも、亡Dは、右支出行為を阻止すべき指揮監督上の注意義務があったのに阻止しなかったものと認められるから、過失があるといわざるをえない。そして、平成九年三月二七日から同年四月四日までの間に、納税貯蓄組合に対し、固定資産税、町県民税、軽自動車税の取扱について、総額二四五万九八〇〇円の補助金を交付したことは前記第二の一の2(三)のとおりであるから、亡Dは不法行為により、鋸南町に二四五万九八〇〇円の損害を与えたものと認められる。

三  権利の放棄について

鋸南町議会は、平成一〇年四月八日、本件補助金に関し、亡Dに対し、地方自治法九六条一項一〇号の権利放棄の議決をしたことは前記第二の一のとおりである。

ところで、地方自治法九六条一項一号ないし一五号は、議会の議決事件を規定しているが、これは、議会が住民を代表して地方公共団体の意思を決定する本来的な機関であることに基づき、地方公共団体の意思を決定すべき基本的な事項につき定めたものであり、同項一〇号の規定する権利の放棄が議決事項とされたのも、右事項の性格に鑑み、執行機関ではなく、議会の議決によることが相当であるからである。しかしながら、同号には、法律若しくはこれに基づく政令又は条例に特別の定めがある場合を除く旨の規制が付されているところ、右規制を明記した法律若しくは政令又は条例は存在しないものの、同法二四二条の二に規定された住民訴訟は、地方財務行政の適正な運営を確保することを目的として、執行機関又は職員の財務会計上の行為又は怠る事実の適否ないしその是正の要否について、地方公共団体の判断と住民の判断が相反して対立する場合に、住民全体の利益のために違法是正請求権を与えるものであって、住民訴訟提起後、議会が同条一項四号の代位の対象となった損害賠償請求権を放棄することは、住民訴訟の制度趣旨を失わせる結果となること、右地方公共団体が有する損害賠償請求権を代位行使することは技術的、便宜的な見地から認められたものであるが、被代位者である地方公共団体が、右代位権を妨げる行為をすることは債権者代位権においても認められていないこと(非訟事件手続法七六条二項参照)、議会の権利放棄の議決により、違法に公金を支出したことが適法となるものではないことからすると、亡Dに対する本件権利放棄の議決は、原告に対して、効力を有しないものと認めるのが相当である。

なお、被告らは、違法な給与支給についても事後的に給与条例が改正された場合、適法な支出になることを根拠に本件権利放棄の議決が有効である旨主張するが、右は給与条例主義に違反する支給について、支給後になされた遡及適用を認める条例の改正により、違法性が遡って解消されるというものであって、違法性が治癒されず、住民の違法是正請求権自体を奪う結果となる本件とは事案を異にするというべきである。

四  以上によると、原告の本訴請求のうち、本件時間外手当にかかる損害賠償請求は理由がないが、本件補助金に関する損害賠償請求は理由がある。そして、亡Dが平成一一年七月八日死亡し、妻である被告Aが二分の一、子である被告B及び同Cが各四分の一の割合でその権利義務を承継したことは前記第二の一の6認定のとおりであるから、鋸南町に対し、被告Aは一二二万九九〇〇円、被告Bは六一万四九五〇円、被告Cは六一万四九五〇円を支払う義務があるというべきである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川島貴志郎 裁判官 菅原崇 裁判官 平井健一郎)

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